「絵のことについて考える」

先日、宮沢賢治に関する展示を見に行って、
会場に置いてあった本を手に取り、久しぶりに作品を読みました。

雨ニモ負ケズ・・・は、小学校の国語の時間に
クラスのみんなで暗唱したのを覚えています・・・が、
半分以上覚えていませんでした。(あらガッカリ)

展示は、賢治ゆかりの品や作品に加え、
いろんな作家の方が参加されていて、
「私がイメージする宮沢賢治」という作品達とで
構成されていました。

中でも、「オツベルと象」の絵本の原画(荒井良二さん)を見て
思うことが色々と。

「う〜ん、やっぱり原画はステキ!」ということはもちろんですが、
今回は、なんだかちょっと思うところが違う。
自分が読んだ小学校の頃の宮沢賢治体験と重ねて感じることが多かったのです。

会場には、作品の絵本が沢山置いてあるのですけれど、
各出版社から各作品がそれぞれ出版されていて、
だから当然、絵が違う。本のサイズも字粒も紙も。

え〜!私が小さい頃に読んだ「よだかの星」は、これじゃない。
この「オツベルと象」の絵も、私の知っているオツベルと象・・ではないなあ。
同じ作品を読んでもこんなに違うものなんだ。新鮮!

そんな驚きが沢山。

小説などでは、翻訳の違いで作品の素晴らしさを知ったり、
逆に「あれ、こんな本だったかなあ」と思ったりすることが
何度かあったけれど、当然、絵本もそういう驚きがあって当然なのだ。

絵って、何だろう。
改めて考えさせられた展示でした。

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宮沢賢治といえば、オノマトペ。
中学の頃、教科書にのっていた
「オツベルと象」の音読に
ひどくこだわる先生がいて、

「グララアガア、グララアガア!」

・・・って、そのうち、
「グララアガア」というのが
先生のアダ名になりかけていた。
中学生って、ムゴイなあ。

(私、「グララアガア!」・・・って、
ウガイみたい、って思うのですけど)

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by cherry_icecream | 2009-01-20 19:15 | イラスト


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